昭和後期(1970年代〜1988年頃)の記憶のなかに残る、懐かしい思い出をつづる。今回は「白黒テレビからカラーテレビへ」についての記憶。
① 白黒テレビ
昭和40年代後半でもまだ、現役で我が家にあった白黒テレビ。小さい頃のあまりにも遠い記憶で、そんなに多くは思い出せない。でも白黒の映像は粗かった記憶があり、なぜだか不思議なレンズ状のスクリーンのようなものが、ブラウン管画面の前に付けてあった。あれは一体なんだったんだろうか?
<参考写真> 白黒テレビ(写真ACより)

そう、テレビの上にはアンテナが乗せてあって、タンスの上に置いてあった。だから物心ついた頃から、見上げてテレビを見ていた。そして映りが悪いとアンテナの角度を変えたり、向きを回したりしていた。
② カラーテレビ その1
そうして暫くして、いよいよカラーテレビに変わった。木製の箱にテレビが収まり、四隅に脚が付いていた。これで畳に座って見るのに、ちょうどいい高さになる。
テレビ局を選局するチャンネルは、まだ回すダイヤルタイプで二つあった。一つはVHF局用でガチャガチャと音をたてて段階的に回る。もう一つはUHF局用で無段階に回る。ラジオの選局ダイヤルと似たような後者は、テレビ映りのチューニングが容易ではなかった。
<参考写真> カラーテレビ (ダイヤル選局)(写真ACより)

そしてUHF局は距離的に電波の強い、地元テレビ局の一局しかちゃんと映らなかった。だから無段階の選局ダイヤルが触って回ってズレないように、ダイヤルの隙間につま楊枝などを差し込んで、固定していたことを思い出す。それでも当時はカラー映像に感動した。
③ カラーテレビ その2
それから6〜7年くらい経っただろうか。再びテレビが変わった。今度はテレビ台付きのカラーテレビで、あの面倒だった重く動く選局ダイヤル、それを回す操作はもう不要に。画面の右側にプッシュボタンがズラリと並んでいて、個々に押してテレビ局を選局する形式になったのが大きな進化。
<参考写真> カラーテレビ (プッシュボタン選局)(写真ACより)

テレビ台は観音開き戸の物入れになっていて、やはり座ってテレビを見るのによい高さだった。そう、昔のテレビ画面は先述のブラウン管というガラス管で、四隅が丸く画面も中央がやや膨らんでいた。ブラウン管画面のテレビ自体は、平成に入って20年くらい前でもまだ現役だった。
まだまだ液晶テレビは高価だったのだ。そして昭和末期でもまだ、我が家のテレビにはリモコンは付いていなかった。家庭によってテレビの変遷はまちまちだったと思うが、昭和後期の我が家ではこんな感じの記憶が残る。
おまけ
とここで、一つだけ思い出を確認した。白黒テレビの画面に付けていたレンズ状のスクリーン、あれは一体なんだったのか?調べたところ特殊なプラスチック製レンズで、小さなブラウン管の画面を大きく見せる、テレビスコープ(拡大レンズ)というものだったようだ。
一方それとは異なり、白黒映像をカラーっぽく見せるカラーフィルター(3色フィルター)というのもあったようだ。我が家にあったのは、多分前者だった気がするが自信がない。なぜなら擬似的な配色も見ていたような、そんな記憶もあるからだ。
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